大畠の中でもっとも早く形成された町。

 家の間口は均一で、奥行も統一されている。家はほぼ正確に向かい合って建っていることから、町の両側が厳密な都市計画に基づいてある時期に一度に形成されたと推定される。

 1874(明治7)年に一帯が大火に遭っており、古い建物は残っていないが、敷地は昔のまま残っている。

本町の町並み

日積方面(ふれあいタウン大畠)   柳井方面(浦架道橋)