かつてこの一帯は海で「唐戸の瀬戸」と呼ばれていた。

 ある時、恵比須のご神体が広島からはるばるこの地に流れついた。

 光を放っていたそれを蓮台寺の吉光法印が拾いあげ、自分の坊に小社を建ててまつった。

 その後流れ着いた岩礁に小さな祠を建て、自分の坊の小社から遷座したのが今の流蛭子社であるといわれている。

 婦人病や夜尿症に霊験あらたかで、昔は参詣人が絶えなかったという。

流蛭子社

新庄方面(灸川)   竪ヶ浜方面(蓮台寺山