観光ぶどう園の広がる台地は、河岸段丘の形成によるものといわれ、要害の地である。

 高井氏宅付近が北方代官屋敷跡といわれている。

 日積は古くから大内氏の領地であり、その重臣杉氏が住んでいた。

 このあたりから中世の焼き物のかけらが出ている。珍しいものに朝鮮や中国の焼き物、山口の大内館と同じ古瓦などが見つかっている。

一 今ハ小国村ニ住高井土佐守明久ノ末流居住ス。日積市ニ、御茶屋々敷、或ハ代官屋敷ト云ル所アリ。児女ノ手鞠歌ニ日積ノ代官トハ此コトカ。右、高井家ニ重藤弓、或長鎗ノ類伝来。厳島回廊並ニ八幡宮ノ棟札ニ高井土佐守トアル。今、刀祢役。
一 大土居ニ、粟屋弥兵衛ト云者、毛利家八ヶ国ノ時ハ郡代トシテ居住セリ。一説ニ、宮ヶ峠粟屋弥平ハ杉家老トアリ、イカゞ。宮ヶ峠ヨリ若杉ヘ通ル往還ニ日積市原ト云アリ。是、往古、市町アリシ所也ト云リ。今、市夷ノ跡ト称スル所アリ。此時迄ハ市アリシト見ユ。
~『玖珂郡志』より~
大内氏北方代官屋敷跡

祖生方面(六部供養塔)   大畠方面(薬師堂