杉氏は大内氏の重臣。

 『玖珂郡志』に「松ヶ段ニ、杉甲斐守屋敷トテ、川角ニ杉屋敷ト云所アリ」とある。

 中世、大内氏の日積支配の頃は、南方と北方に代官がいたようである。甲斐守は1523(大永3)年、大内氏に従って、安芸の武田氏と戦って討ち死にした。しかし、甲斐守の実名や系譜は不明。

 2002(平成14)年、市道拡幅工事に伴い一部が発掘調査され、南側に土塁・土留の石積、排水溝、野外のかまど、風呂の基礎部の石組、掘立柱の建物跡、館が3段に整地された跡、堀立柱の北門跡、北側に土塁とその外側の築地の柱穴列、土塁を貫通する暗渠排水溝が確認された。

 館の推定規模は南北・東西とも約80m。東西北の3方を急勾配な崖で囲まれていて、自然の要塞で守られていたと考えられている。

杉氏南方代官館跡
杉氏南方代官館跡から見る琴石山

岩国方面(正行寺)   大畠方面(松ヶ段)