伊陸木部の由宇川にある堰。人柱の伝説がある。
伊陸の木部では、由宇川の水を用水として引くため、露地に大規模な井堰を築造したが、どうしたことか洪水のたびに流失する。そこで藩へ願い出て、その指図を仰ぐことにした。 係りの役人は、人柱を建てたらよいと提案した。人柱とは、生きたまま井堰の中心部に埋められることをいう。村のためとはいえ、進んで死を願う者はなかなかいなかった。相談のすえ、村の世話役何人かに人選を委ねることにした。 話し合いはいつまでも続けられた。 「もう夜も明ける。いくら相談しても決まらぬなら、一つ運に頼ってみてはどうだろう。」 運とはこうだった。決壊する原因がわからないとは、つまり運である。人柱も、それにふさわしい運を持っている人になってもらい、災いを封じようという理屈である。 「特別な物を持ってきた人という決め方では不公平になる。同じ条件の中から特定の人を選ぶがよい。この度は着物に継布(つぎ)があたっている人に決めたらどうだろう。」 ということになった。 集まりの日、お役人に失礼になってはいけないと、村人は、しまっておいた折り目正しい着物を出して着て集まった。世話役しか取り決めを知らない。 役人は、村人たちに、決壊防止の試みを成功させることを熱っぽく説明した。 「仕方あるまい。」 村人は首を垂れて世話役の発言を待った。 「おわかりのとおり、村から一人ほど人柱を選ばなければならん。村のためなら命を惜しまん人ばかりじゃが、この度は一人でよい。折り目正しい服装で集まっておられ、だれとも決めかねる。そこで、継布があたっている着物を着ている者にその役をお願いしよう。」 「おう」と声をあげた村人は、まず自分の衣服を改めた。継布がないとわかると周りの人の衣服に目をやったが、さすが礼儀をわきまえた者ばかり、継布があたった着物はだれも着ていなかった。 「お役人さまも集まりの中の一人、改めさせていただきましょう。」 悪いことに役人の袴に小さな継布があててあった。わずかな俸禄(ほうろく)を食(は)む下級武士のこと、妻のやりくりの継布であった。 夫が人柱になったことを聞いた夫人の嘆きはたいへんなものだった。それを見てかたわらの人たちもみんなもらい泣きをした。 わが夫(いも)は露(つゆ)路(じ)の川の人柱 雉(きじ)も鳴かずばよも射たれまじ 今は帰らぬ夫を思い、夫人は涙ながらに心を歌に託して詠んだ。役人の魂は川の中に生きつづけ、以後、ひどい洪水にみまわれても井堰はしっかりと水を支えて崩れることはなかった。 ~柳井市立図書館編『柳井昔ばなし』(1990)より~ |