1731(享保16)年以前、柳井川は落合から柳北小学校体育館の敷地を通り、広瀬に向けて流れていた。岩国竪ヶ浜往還は柳井川の東側を通っており、橋はなかった。
柳井川が現在の位置に付け替えられ、馬皿土手がつくられると、川をまたぐ必要が出てきたため、橋が架けられた。
橋は現在より上流にあったが、1980(昭和55)年に、川と県道の拡幅により架け替えられた。
伊陸方面(新庄の長溝) 柳井方面(落合地蔵)