宮本橋から代田八幡宮にかけての往還は海沿いの道だった。
 宮本開作は 1691(元禄4)年に干拓され、その南側は宮本塩浜として1839(天保10)に干拓された。
 現在の柳井総合卸センターの付近は、競馬場、オートレース場として使われたこともある。
いずれも岩国領主吉川家直営の開作(干拓地)であった。

往還の南側が宮本開作

大畠方面(龍華川)   柳井方面(宮本の水準点)